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    「栽培植物と農耕の起源」 について。

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    「これを読むといい」


    昔、友人のある日本画家 (ドレッドヘアのイケメン!) が、東南アジアへ流浪の旅に出る前 、「形見分けだ」 と言って手渡してくれたのが、ジーザスジョーンズのTシャツ(カート・コバーンがライブで着ていたヤツ)と、岩波文庫の『栽培植物と農耕の起源/中尾佐助』でした。



    『栽培植物と農耕の起源』には、現在我々が口にしているイネやムギ、或いはバナナといった農作物が、どれだけ多くの人智のもとに、如何に膨大な時間をかけて現在の品種に改良されていったのかが描かれていて、中尾はこの著書の中で

    1本のムギ、1茎のイネは、
    その有用性のゆえに現在にも価値がある。
    それはもっとも価値の高い文化財であるといえよう。
    われわれがふつう見るムギやイネは、
    人間の手により作り出されたもので、
    野生のものとまったく異なった存在である
    ことを知る必要がある。

    純粋な野生植物から再び
    イネとムギの品種を作り上げようとしたら、
    何年かかるだろうか。
    10年か20年か。
    ミロのビーナスを再びつくることはできないが、
    イネやムギの品種も人間は
    再び作ることはできないのだ

    と訴えています。



    ─ 消費する文化と、生産する文化 ─



    また、中尾は


    「文化」というと、すぐ芸術、美術、文学や、
    学術といったものをアタマに思い浮かべる人が多い。
    農作物や農業などは「文化圏」の外の存在として
    認識される。

    しかし文化という外国語のもとは、
    英語で「カルチャー」、
    ドイツ語で「クルツール」の訳語である。
    この語のもとの意味は、
    いうまでもなく「耕す」ことである。
    地を耕して作物を育てること、
    これが文化の原義である。

    これが日本語になると、もっぱら「心を耕す」
    方面ばかり考えられて、はじめの意味が
    きれいに忘れられて、枝先の花である
    芸術や学問の意味のほうが重視されてしまった。

    しかし 根を忘れて花だけを見ている文化観は、
    根なし草にひとしい。

    とも言及しているのですが、これは至極当然の理であって、文化というものが、人間がそこに生きるための智慧の結晶であるのなら、本来そこから派生・伝播してきた経済、産業といったものも、文芸や学術などと明解に切り離す事は出来ないと思うのです。



    広辞苑には、「文化」とは

    1.文徳で民を教化すること。
     2.世の中が開けて生活が便利になること。文明開化。
     3.(culture)人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。
      衣食住をはじめ科学・技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形
      成の様式と内容とを含む。
      文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活
      にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区
      別する。文化⇔自然。


    とあります。



    目の覚める思いがしました。
    いち企業人である自分が、いち企業人として様々な文化と関わること。
    それは経済活動であり、永い目で見ればまた学芸を支えるための活動でもあるはずなのです。
    開かれた芸術は、経済(或いは政治)と混同してはいけないけれど、決して切り離してもいけない。
    例えば創作活動もしながら銀行の頭取を務め、生涯を通じて多くの芸術家を支えた川喜多半泥子のように、例えば “日本芸術のため”のコレクションという信念のもとに多くの蒐集を続けた薩摩治郎八のように、企業が行うメセナというものはすべからく在るべきではないのかと思いました。
    また反対に、美術や伝統芸能という装置を介して様々な企業が出会い、集う事で、そこから更に大きな物心の豊かさを実現する事が出来るのではないか、とも思ったわけです。
    そしてアルテステは、いつでもその “場所” でありたい、と強く願うようになりました。



    この本に出会えたことは、私が今まで抱えていた、非常に曖昧模糊とした自身の立ち位置に対する苛立ちを須臾と解消してくれたのですが、以来この本に書かれていたことは、私が(仕事人として)生きるための指標となり、この書籍から学んだプリセプトは、私がアルテステを通じて発信する様々な文化事業の礎の一角となっています。



    パリの芸術アカデミーの例を出すまでもなく、元来 『サロン』 とは 、『美』 や 『知』 を語るための社交場を指す言葉でした。
    私はよく、「どうしてエステサロンでこのような美術展や文化イベントをされるのですか?」 と問われるのですが、それは決してエステサロンを経営する片手間に行っているつもりはありませんし、『美』 や 『知』 をアクセサリーにしているわけでもありません。かといって、勿論本職の技術を疎かにしているわけでもありません。
    アルテステは、美容を主業としつつ、数々の文化事業も正道として展開していますし、これからもその姿勢は変わりません。



    同書で、中尾佐助は、文化には消費する文化と、生産する文化があると書いています。
    我々ボディーワーカーというものは、常に “排泄” を請け負う…いわば、人が 「捨てていく」 場所を担っている存在です。
    例えば農耕や栽培が生産する文化であるならば、まさに我々の仕事は消費する文化なのです (ただその消費は、その人が新たに前へ進むための消費でもあるわけですが)。
    だからこそ、『大いなる産みの文化』 である、芸術や学術や教育といった活動をされている方たちとの交流は、私自身にとってもとても大きな慶びや感動に満ちています。



    美しい器を口吻にする悦び。
    天上の調べを耳にする悦び。
    未知の世界に出遭う悦び。



    そんな感動と素直に邂逅できる悦びを教えてくれたこの本には、感謝してやみません。


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    アルテステ

    Author:アルテステ
    はじめまして!

    6月9日OPEN
    正しく智をもって美を追求する複合型ケアサロン
    「アルテステ」です。

    静岡県静岡市葵区伝馬町23-2
    ホロスコープ伝馬町703

    ご予約、お問い合わせはこちらから
    Tel:054-252-5662
    e-mail : arteste2012@gmail.com

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